プロフィール
ご案内
体験談
アドバイス
助産師
アクセス
お問い合わせ
トップページ
体験談

「障害の疑いある子」 


出生時体重2,900グラム、妊娠9ヶ月の早産ー断後乳は、生後満2年10ヶ月頃体重標準、
乳房はさし乳で中くらい。乳輪狭く、乳頭大。生後8ヶ月頃来院。
前回の既応歴があるために、産後も拡張度強く、硬く、乳頭大きく呼吸不能状態でミルク授乳が先となり母乳授乳怠りとなる。混合にするも、殆ど人工栄養になりつつあった。又、生後5ヶ月頃より6ヶ月頃から、赤ちゃんの状態がおもわしくなくなり、(頭部が大きかったとのこと)医療を受ける。
「このままでは脳性麻痺になり易いから」と言われ入院加療するが、思う様に体調も良くならず困っていた頃、母乳を与える事が最善との噂を聞き、生後8ヶ月目頃私宅へ来られる。

赤ちゃんは首も座らず、全身柔らかく虚弱体質でクラゲのような状態であった。
背中は逆に反り返り、手の指先に力が入り常に屈げ気味にしている。手を裏返しにすると、カニの這うがごとき状態で、手首が自由に1回りする位に柔らかい感じである。
”クル病症”に類似するのが、正常を欠く特長である。目付きが悪く、瞳孔が開いている。目の色も悪い。
顔色も悪く、側頭部張り出し、後頭部扁平である。
上半身に比し下半身の発育が衰えている常に便秘性が強い。医療は受けていたが、食欲減退(離乳食)で、
ミルク授乳も好まず、衰弱するのみであった。

乳房治療手技を行う。乳房基底部封鎖状で、癒着状態はなはだしい。乳頭大なる事も吸収不能の原因であり、流産後の乳房の手当ても影響しているようである。
乳輪部が小さく、伸縮不能、このままでは断乳状態となり易かった。

治療手技に依り癒着状態を剥がすようにすると、即座に赤ちゃんは飲んでくれ、至極喜ばれた。

治療3日目頃より乳質良化したので、お乳の色も良くなり甘味も増し、赤ちゃんの舌の触感が(乳頭の)良いのか、すぐ飲んでくれる(特に施術後)。便秘がちであったので、当時、毎日浣腸などの刺激で大便を出す。
母乳を多く飲むようになるにつれ、ちょっとした刺激で排便する。

治療1週間目頃より機嫌も(知恵)良くなり、全体の発育が微妙に変わるのを見る。
乳房に少々不規則な催乳感覚があるようになる。これまで不定時授乳をしていた結果も影響していた結果も影響しているものと思われる。治療後、昼夜共3時間授乳をする。夜間特に障害児程長寝する習慣があるので、夜間といえども目覚ましをかけて、定時刻に少量でも飲ませるようにする。
母親が長寝すると必ず乳質の変化を来す。
又、濁った乳汁が与えられると必ず翌日の総ての面に違った状態となって現れる事顕著である。
障害児がお腹の中にあった時に母体に必ず通常と異なる状態があったに違いない。
”畑の土の悪い所に良い芽は生えない”悪い状態の体質に生まれた子に程、通常以上の管理が必要である。常に環境を補って行く必要がある。

赤ちゃんには、母乳はなくてはならぬ栄養である。
母乳に優る栄養はいかにして出来ようか。自然の賜り物である。排便のことも考えて離乳食と母乳と併用するか、医師より脳性麻痺になると言われているだけに中々難しかった。
栄養剤としてビタミンB、Cの注射を医師より施療されていた。この治療は適するようであった。体質が少し良くなると、風邪気味となる向きが多かった。智恵と神経が芽生える態勢になるにはほど遠い感じであった。

生後10ヶ月頃になる時には自然便が出来るようになったが便秘がちになっていた。(排便させる浣腸も多くする)排便させると少々活動的になり、機嫌も良くなる。時にはストロフルスができる。
よく変調起こし、風邪気味となる日が多かった。

12ヶ月頃、通院に遠距離であるために治療手技を休むと必ず3日目頃より変調が来る。治療して乳質が良くなると、この日から違って約2日間は良好であると常に言われた。
治療手技後3日目頃より軽い咳をする。目やにが出る。湿疹が出る。5日目頃より、時には熱が出る事があると言う。機嫌は日増しに悪くなり、食欲減退し痩せて来る。全身軟弱となると言う。
一週間もすると病気同様になると言う。このような状態になるのは、まだ赤ちゃんの神経繊維が発育途上にある証拠と思われる。母乳の乳質の変化で、脳神経に反応を与えている可能性があるものと思われる本当に衰えると何の反応もなく、おとなしくなる。食べ物も良く食べ、肥って、神経刺激も衰える状態となる。
そして脳性麻痺として不具者同様になるものである。

生後15ヵ月になると、歩行器に立つようになる。寝返りも充分出来るようになった。
母乳(良質化した)と食物の併用とをする。目立って発育がよくなる。寝返りも自由になる。
生後2歳誕生頃伝え歩きをする。生後2歳誕生1ヶ月頃より1人立ちをする。まもなく一人歩きを始める。
母乳を与えなければならないため、今まで乳房治療を続けてきたが、世間がうるさくなってきたので断乳する。断乳後2日目に全身状態が悪くなり、強く咳が出て数日で肺炎症状となる。
食欲もなくまた施術して母乳を出す。

この日から総ての状態が緩和した。喜んでお乳を飲んでくれたので続ける事にする。日毎に快復する。
約2週間位で肺炎症状も良好となったので、家族共々母乳を与えるよう奨めてくれる。
しばらく乳房治療を続けた。元通りに元気になり歩けるようになる。
世の人は、母乳の中に何が入っているのか不思議と言うが、しかし良質でない限りは、だめである。良質の乳汁は神経の芽生えに必ず微妙な摂理をもたらすものである。
その後、乳児が良好になるにつれ断乳を試みた、治療手技を行い母乳を良質化すると乳児の症状に差異が生ずるのに全く驚く。
断乳は、繰り返し繰り返し満3歳近く(2年10ヶ月頃)に断行した。(約11回の断乳を試みる)
義充ちゃんの様な子供は断乳すると、母乳のエネルギーが消耗し、保温性を失い、特に手足が常に冷たくなり、変調を来たす状態となる。何回も断乳を行って見ても変調があった。
乳房治療に依って乳質の良化を計り(特に甘味のある乳にする)、再度母乳を与えるとエネルギーを補足するためか、即時全身の保温の維持が保たれた。そして全身に活気が生じ、食欲も確実に出てきた。

最後の状態でこれではと思った時で1番成功した。充分歩くようなりお話も出来るようになったが、脳性麻痺にして一生終わるなら、やるだけの事をして悔いのないようにしなければとの母親の信念で、ここまで漕ぎつけた。後も他の正常な子供に比して弱体の状態があるので、常にこれまでの様に最新の注意を払って育てて来たと言う。

満4歳の誕生日頃になると、殆ど他の子供に劣らぬ身体になったといって、時折り自宅へ寄って下さって喜ばれた。風邪気味になると、近所の医師にビタミンB,Cの注射をして頂くと何より効果があったと言われてる。

医師も体質を知っておられるので決して抗生物質の薬はくださらないと言う。
また現在の通常の姿を見て満足しておられる。

お母さんの言葉ー「母乳育児程完全で安全な育児は絶対ありません。母乳の知識を普及して、多くの方が母乳育児をなさるよう皆様心掛けて頂きたい。」と情熱を込めての言葉であった。


【桶谷そとみのアドバイス】

超未熟児に接するたびに、母乳哺育をする必要性を痛感します。
折角この世に生を受けながらも、弱体質のまま生きていくのは、本当に不幸なことでみるにしのびず、私の力の及ぶ限り助力して、生きる喜びを与えることができたら、と願う気持ちでいっぱいになります。

未熟児を健康児に育てるには、母乳を与える以外にはないと信じているだけに、母乳とその家族の協力や理解を心から望むのです。

母乳を与えるときは、良質の乳汁が得られるように手技を施しながら、吸飲力の弱い子の授乳を介助し、
1滴でも多く与えるように配慮しながら、気長に見守るのです。

ここに掲載した事例のように、母親の献身的に努力にもかかわらず、回生の見込みもたたず一進一退という状況では、ただひたすらに母性愛と母乳の威力に頼る外はないと思いますし、神に祈るような気持ちで努力を続けた結果、ようやく難問を乗り越えて、母親共々によろこんだという経験もあります。

こんなときに、しみじみ母性愛の強さ、母乳に秘められた母子一体性の神秘な力を感じさせられたものです。

子を思う母性愛が授乳を通して乳児へ伝わり、それが母乳の持つ母子一体性の理念につながり、
子供の成育によき効果をもたらすことを重大視せざるを得ないのです。


<<もどる

すすむ>>